ANA国内線【PR】


人生の御負け:プレビュー 降って湧いたような深刻で感動の物語りの触り。


by tomhana0901

検索

人生の御負け

━━━━━━━━━━━━━━━
[PROFILE]
━━━━━━━━━━━━━━━
脳梗塞を発症してはや11年目を迎えた。肉体的には負い目のようなものも確かにあるが、気分的はそうでもない。耳の奥から『御破算に願いましては』という甘い囁きは聞こえてこない。この病気になって、誰かに追われるかのように無我夢中にやってきたこれまでの人生を今一度、見直すいい機会を与えてくれた事だけは確かだ。どんな人でも人生の終わりを迎えなければならない。私もその時が来るまで悔いのない人生を送りいたいと願うばかりだ。

━━━━━━━━━━━━━━━
[人生の御負け]
━━━━━━━━━━━━━━━
総ブログ全5851話
《2012.4.30現在》
NEWS! 最近、全面的に見直して、完全ではないものの一応目次として耐えうるものにしたつもりです。ぜひ一度ご覧ください。

━━━━━━━━━━━━━━━
[CONTENTS:人生の足跡]
━━━━━━━━━━━━━━━
[リハビリ日記]人に言えない脳梗塞の後遺症と戦う日々の話など‥

[名古屋巡礼記]ひとりで巡り歩いて来た篤き信仰の記録を集大成‥

[名古屋見聞録]名古屋人も名古屋人でない方も必見の話題が満載‥

[達人への道]『人生は達観だ』と言い続けて久しい私の放浪記‥

[GOB備忘録]時代の先駆者だったグッド・オールド・ボーイズ‥

[私だけのCD]珠玉の名盤『BIN'S CD』1枚1枚にまつわる秘話‥

[埋もれた名盤]忘れ去られた名曲を私の篤い思いで蘇らせたらな‥

[私の読書感想]人生の峠を越えてきた男の見方と読方を紐解くと‥

[心の曼陀羅]歴史の中での名もなき人々が織り成す心の曼陀羅‥

[MANHOLE]ある日、立ち止まった私の足元で奴等が微笑んでいた‥

[弔いのカタチ]棺桶に片足を突っ込んだことのある私だからこそ‥

[猫のアルバム]神の思し召しがあったからこそ出合えた円らな瞳‥

[遠い日の記憶]貴方は子供の頃のことを今でも覚えていますか?‥

[歴史のオマケ]長年鍛えた心眼で見極めた秘宝の数々をご開帳だ‥

[フォトレター]日々の写真に思いを託して朝も早よから散歩です‥

━━━━━━━━━━━━━━━
[CONTENTS:人生は勉強]
━━━━━━━━━━━━━━━
[日々の雑記帳]思い付くまま気の向くまま巷の影から探してきた‥

[知らない物語]世の中から忘れ去られてしまった日陰に咲いた花‥

[時代は江戸時代]テレビの時代劇では判っていても、真実は何も知らない‥

[補習:江戸時代]江戸時代を再発見するための勉強だと思ってくれ‥
江戸の┃歴史┃秘話┃言葉┃

[甦る激動の幕末]私が生まれた年の100年前はペリーが浦賀に現われた‥
幕末の┃実像┃攘夷┃写真┃

━━━━━━━━━━━━━━━
[CONTENTS:人生はオマケ]
━━━━━━━━━━━━━━━
[ポートレート怪物編]忘却の彼方からこつ然と甦ってきた怪物の正体は?
○歴史上の人物は ココ

[クイズ日本人]狭い日本に生まれながら出身地によってこの違いは何?

━━━━━━━━━━━━━━━
[更新記録]
━━━━━━━━━━━━━━━
2012.04:104話new
2012.03:115話
2011.02:111話
2012.01:113話
2011.12:97話
2011.11:74話
2011.10:77話
2011.09:97話
2011.08:110話
2011.07:102話
2011.06:93話
2011.05:92話
2011.04:90話
2011.03:98話
2011.02:96話
2011.01:96話
2010.07-12:565話
2010.01-06:561話
2009.07-12:488話
2009.01-06:363話
2008.07-12:473話
2008.01-06:413話
1007.07-12:287話
1007.01-06:305話
2006.01-12:460話
2005.01-12:167話
2004.01-12:77話
2003:17話

ブログパーツ

ライフログ

BOOK

蝉しぐれ


レイテ戦記 (上巻)


靴の話―大岡昇平戦争小説集

MUSIC

Good Old Boys [Expanded]


Blue Valentine


ハース・フロム・アース


For Lovers Only [Bonus Track]


Getting Ready

以前の記事

2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月

最新のコメント

矢部家は、母方祖父の家系..
by 黒岩博之 at 16:16
こんにちは。 雨月..
by yaya at 15:29
ついに地域別に宇都宮が登..
by 宇都宮 出会い at 17:17

ファン

XML | ATOM

skin by excite

ブログ『人生の御負け』5月の更新記録

◎1回目:14ブログ┃日々の雑記帳=10話┃時代は江戸時代=1話┃補習勉強江戸時代=1話┃知らない物語=2話┃ ◎2回目:13ブログ┃日々の雑記帳=5話┃甦る激動の幕末=1話┃時代は江戸時代=1話┃補習勉強江戸時代=1話┃知らない物語=2話┃クイズ日本人=1話┃フォトレター=2話┃ ◎3回目:14ブログ┃日々の雑記帳=10話┃時代は江戸時代=1話┃補習勉強江戸時代=1話┃知らない物語=2話┃ ◎4回目:13ブログ┃日々の雑記帳=5話┃甦る激動の幕末=1話┃時代は江戸時代=1話┃補習勉強江戸時代=1話┃知らない物語=2話┃クイズ日本人=1話┃フォトレター=2話┃ ◎5回目:14ブログ┃日々の雑記帳=10話┃時代は江戸時代=1話┃補習勉強江戸時代=1話┃知らない物語=2話┃ ◎6回目:13ブログ┃日々の雑記帳=5話┃甦る激動の幕末=1話┃時代は江戸時代=1話┃補習勉強江戸時代=1話┃知らない物語=2話┃フォトレター=2話┃ ◎7回目:16ブログ┃日々の雑記帳=10話┃時代は江戸時代=1話┃補習勉強江戸時代=1話┃知らない物語=2話┃フォトレター=2話┃

◎全ブログ収納庫‥[アーカイブ]
# by tomhana0901 | 2012-05-31 06:12 | Trackback | Comments(0)

ハタ揚げ

▼たこの起源はヨーロッパでも中国でも紀元前に遡る。日本へは古く中国から伝来した。中でもハタと呼ばれる長崎のたこは独特である。▼長崎のハタ揚げは他の地方と異なり、高く揚げるのではなく、他のハタと掛け合って相手のハタを切り取るハタを切り取るハタ合戦である。掛け合いのためにガラス粉を飯粒でねり麻糸に塗りつけた「ビードロよま」が発明された。▼長崎のハタは遠く慶長の頃には揚げられていたと渡辺庫輔『長崎ハタ考』にある。一方、長崎にハタ揚げの遊びを伝えたのは出島蘭館の使用人のカルパ/インドネシア人ではなかったかともいわれる。▼長崎のハタはデザインも豊富である。紺、赤、黒3色の色紙で山形、丹後、二重縞。ベッソ、帯‥と様々な図柄のハタが作られる。「長崎ハタ考」には実に120種もの図柄が‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:51 | Trackback | Comments(0)

がんばれ日本

▼アメリカの新聞を見ていたら日本の震災復興スローガン「がんばれ日本、がんばれ東北」を Don’t give up Japan! Don’t give up Tohoku! と訳して紹介していた。▼元々、日本語の「がんばれ」に相当する英語表現はないといわれており、そんな中で担当者が苦心の末に意訳したのが Don’t give up! だったのだろうがこの場合、がんばれと Don’t give up! は全く違うもの、強いて言えば誤訳だと思う。▼日本人はなにかにつけて「がんばろう!」とか「がんばれ!」と言うが、そのシチュエーションは様々であってシチュエーション毎にがんばれの持つニュアンスは違う。▼日本人同士ならば場面によって微妙に違うがんばれのニュアンスを一瞬にして汲み取ることができるが、Don’t give up! と訳してしまうと、それは単に「諦めな‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:50 | Trackback | Comments(0)

オーパーツ3

▼オーパーツとは「Out Of Place Artifacts」の頭文字をとったもので、場違いな加工品・工芸品という意味になるが、それには知識や情報なども含まれる。考古学上で説明のつかない、時代に合っていない不思議な発見物のことをいう。[南極大陸が描かれた古代の地図/2]▼アーリントンはこの地図を軍のそれぞれの専門家に見せ、紙の材質やインク、地図に書かれている島の名前や海流の名前などを詳しく調べてもらった結果、この地図の原本となったのは、南極大陸が氷に覆われる以前の時代の地球の地図だろうという結論を得た。その地図を参考にして1513年にこの、目の前にある問題の地図は製作されたのだろう、と。▼一応、結論は出たが不思議は不思議のままとして残った。そして1957年、この年から人類にとって画期的なことが‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:50 | Trackback | Comments(0)

洋楽

▼ヨーロッパの旅から帰った天正少年使節の一行は翌天正19/1591年京に上り、聚楽第で秀吉に挨拶した。公式の宴の後、秀吉が西洋音楽を聞きたいと望んだので少年達は持ち帰ったフラウト/フルート、レベカ/小型のバイオリン、ラウテ/リュート、クラボ/鍵盤音楽の4つの楽器を使って、ヨーロッパ音楽を演奏した。▼太閤殿はいたく興にのりアンコールを重ねたという。少年達が秀吉の前で歌ったのはジョスカン・デ・プレ作曲の恋の歌「ミュ・ルグレ」、訳せば「千々の悲しみ」ではないかと、バロック音楽研究の第1人者、皆川達夫氏はそう推理している。▼少年達は神学校で西洋音楽を習っていたし、8年余りの旅の間にも、様々な国で西洋音楽に接し訓練を受けていたので、音楽の実力は高かった。有馬のセミナリヨでは毎日1時間‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:49 | Trackback | Comments(0)

西郷隆盛と仲祐

▼西郷は2度配流されているが、文久2/1862年7月5日頃、西郷は徳之島湾屋に上陸した。その後、閏8月14日、西郷は更に南の沖永良部島に配流されることになったので、徳之島滞在は2カ月間ほどだった。その間、西郷は大島龍郷に残した島妻・愛加那と再会を果たし、生まれたばかりの菊草とも対面している。▼西郷は徳之島の西北側にあたる西目間切の惣横目・琉仲為の世話で、岡前の松田勝伝宅に厄介になっている。仲為は在地の有力者で郷士格の身分だった。惣横目とは藩庁から派遣されてくる代官や与人/島役人の代表を補佐する地元出身の役人。わずかだが藩米を支給され、苗字帯刀を許された。▼仲為の子に仲祐がいた。西郷が沖永良部島送りになる時、仲祐が西郷を徳之島の東側の井之川まで護送している。西郷はここから沖永良部島‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:48 | Trackback | Comments(0)

石川県2

▼石川県人の多くは躁欝質で、明るく社交的だが、少数の分裂質が混っている。それが自己閉塞的になり、論理的な思考で体系を作ると哲学者が生まれる。西田幾太郎はその一例である。金沢の人はプライドが高く、昔の四高出身者などは非常に結束が堅い。▼今も同郷意識や学問意識が旺盛で、互いに助けあうのは美点だが、悪くいえばよそ者を排撃する。この欠点はずば抜けた人を出さない原因になっている。温和で、自分を守ることが第一義という人の中から大成功者は現れないものである。▼「越中強盗に加賀乞食」という言葉がある。いずれも生活力の豊かさを皮肉った言葉と解すべきだが、その根本には古くから「加賀門徒」と呼ばれた真宗系信徒のねばり強い性格があるようだ。門徒がこの地に広がった基盤は戦国時代にある。▼足利末期‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:47 | Trackback | Comments(0)

源義朝

▼数多い中世の内乱の中で、保元平治の乱はとくに有名であるが、これは没落しかかった天皇家に源平両氏がともに深く関わったもので、平治の乱では藤原信西入道のクーデターがきっかけで平清盛が大きく台頭し、一方の源氏はその長者である義朝が六条河原の合戦に大敗して没落の憂き目をみるというものであった。▼一敗地にまみれた義朝は東国目指して落ち延びた。途中、美濃国に入って猛吹雪に遭い命からがら辿りついたところが青墓/現大垣市である。彼はこの時、3人の息子を伴っていたが、3男頼朝は落伍して行方不明、次男朝長は重傷を負ったためにやむなく自らの手にかけた。▼この悲劇の後、長男義平を北陸へ落ち延びさせ、自分は海路で東国へ向かうため尾張から知多半島へ出たのである。当時、知多の内海には乳母兄弟‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:46 | Trackback | Comments(0)

宗春VS吉宗7

▼陸奥梁川へは1度もお国入りすることがなかった徳川宗春だが、宗春に直接会った領民がいる。多くの庄屋を束ねる大庄屋として「割元」と呼ばれた堀江与五右衛門だ。先祖は伊勢国の出身で、14世紀の南北朝時代、北畠顕家が陸奥の国司として赴任した際に同行したのが始まりという。▼堀江家に残っていた文書によると、享保15/1730年3月、特産の塩マスを土産に江戸の梁川藩屋敷を訪れ、宗春へのお目見えが初めてかなったとある。宗春が尾張藩主となってから、梁川は天領に戻り、主従の縁は切れたものの、今度は尾張藩の江戸屋敷をたびたび訪ねている。▼享保18/1733年1月には宗春とその長男の国丸に名高い三春馬と南部馬各1頭を献上した。宗春はこれを気に入り、それぞれ白川、いろはと命名して、名古屋に連れ帰った。この後‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:46 | Trackback | Comments(0)

黒死病2

▼人々は恐ろしい異変の原因を知ろうはずもなく、ある人は天体の影響だと言い、ある人は自分達の悪業のために神の罰が下されたのだと言い、また、ある人は火山の噴火によって大気が腐敗したからだと言った。この災厄の中にあって、人々の取った態度は様々であった。徹底的に節制して禁欲に走った者がいた。彼らは鞭打ちの苦行を行ない大釘を打ち付けた皮の鞭で自分の身体を痛めつけさえした。こうすることで罪を浄め天罰から逃れられると考えたのである。▼逆に、本能のおもむくままに快楽に走った者もいた。彼らは信仰心をなくし夜な夜な悪魔崇拝の儀式を行なった。おかげで不健全で病的な精神が蔓延し、死体愛好と言った胸の悪くなるような趣味にふけった者さえいる。前者の2つの中道を貫こうとした者もいた。彼らは全てをある‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:45 | Trackback | Comments(0)

人を造る

▼私 西行が、高野山の奥に住んでいたころのことだ。月の夜には友人の西住上人と奥の院の橋の上へ行き、風情にひたって歌など詠み交わしていたが、やがて彼は『用事が出来たから』と、つれなくも私を捨てて都へ上ってしまった。▼1人ぼっちになった私は浮世を離れて花や月の情趣をともにする相手が欲しいものだと、なんとなく人恋しさが募って、思いがけず鬼が人骨を取り集めて人を作るように、人間を造ってみようという気になった。▼信頼できる人から作り方のあらましを聞いていたので、その通りに野原に出て拾った骨を並べ連ねて造った。しかし、それは人の姿に似てはいても見た目が悪く、まるで人間らしさがなかった。▼声は出るものの、楽器を鳴らすかのようだった。実際、人はその心によって様々に声を発する。ところが‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:44 | Trackback | Comments(0)

江戸人物伝/81

江戸数学者列伝 会田安明 1747-1817 出羽国村山郡前赤石の生まれ、字は子貫、幼名は会田重松安旦、江戸に出て幕臣鈴木家の養子となり鈴木彦助安旦、後に再び会田算左衛門安明と称し、自在亭と号した。初め幕吏として治水工事に従事、本田利明の門に入り算学を修め、藤田定資の関流「精要算法」を論駁改述して「改精算法」を著わし、20年の長きにわたって論争を展開、自己の学派を最上流と名づけた。彼は共通的、一般的方法を探究して数学を系統的に簡易化することを目標とし、千数百冊にもおよぶ著書は日本数学者中第一と言われ、その内容は高次方程式重乗算顆術、対数表原理、楕円周、零約術、幾何学的諸問題など広範囲にわたる。なお伊能忠敬と‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:43 | Trackback | Comments(0)

江戸300藩とは/5

山形藩 歴代藩主:最上家→鳥居家→保科家→松平(越前)家→松平(奥平)家→奥平家→堀田家→松平(越前)家→松平(奥平)家→堀田家→松平(大給)家→天領→秋元家→水野家 最上家:57万石/外様/城主 鳥居家:磐城平より/22万石/譜代/帝鑑間/城主 保科家:信濃高遠より/20万石/親藩/溜間/城主 松平(越前)家:越前大野より/15万石/親藩/大広間/城主 松平(奥平)家:播磨姫路より/15万石/親藩/溜間/城主 奥平家:下野宇都宮より/9万石/譜代/帝鑑間/城主 堀田家:下総古河より/10万石/譜代/帝鑑間/城主 松平(越前)家:播磨姫路~豊後日田より/9万石/親藩/大広間/城主 松平(奥平)家:陸奥白河より/10万石/親藩/溜間/城主 堀田家:陸奥福島より/10万石‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:43 | Trackback | Comments(0)

殺戮の系譜/9

[#IMAGEc0168955_7511095.jpg|201003/30/55/|right|142|142#]ルワンダの大虐殺:2 その後、ルアンダは1962年、ベルギーから独立するが、負の遺産だけは脈々と受け継がれることになる。つまり部族間に芽生えた差別意識、とりわけフツ族のツチ族に対する優越感への嫉妬と憎悪だけがエスカレートしていき、やがて身の毛もよだつ大虐殺につながってゆくのである。かくして壮絶な民族浄化のシナリオは出来上がった。後は機が熟するのを待つだけでよかった。1994年の4月のある深夜、その夜が身の毛もよだつ恐ろしい出来事の始まりであった。人々の心の中で溜まっていたものは既に爆発寸前にまで高められていた。後は何かがこの導火線に火をつけるかだけである。こうして人々の気づかぬうちに大虐殺の準備は整えられた。憎悪のテンションがまさに最高頂を迎えようとする時、大虐殺の‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:42 | Trackback | Comments(0)

崇禅寺馬場返り討ち事件/2

仇討ちに来た兄弟を返り討ちにした伝八郎がなぜ自殺したのかについて兄弟の怨霊にとりつかれたからだ、いや、多くの加勢を連れていったことを武士として恥じたからだとか古書にとりざたされているが、武芸に熱心だった郡山藩主本多信濃守忠直の指図によると思われる。忠直は伝八郎の養父で藩士の生田江平を呼び「助太刀を頼んで仇を倒した例は多いが、仇が助太刀を集めて返り討ちにした話など予は聞いたことがない。他藩へのはばかりもある」と、強く難詰した。江平は物頭役/弓組や鉄砲組を率いた足軽大将を勤めており、慌てて伝八郎に自決を促したようだ。説得には伝八郎の傷の手当てもした医師森本宗砲も加わっており、さすがの伝八郎も追い詰められたのであろう。自害しても世間は厳しく冷たかったために伝八郎の遺骸は‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:40 | Trackback | Comments(0)

金環日食

5月21日は日本国内で金環日食が見れる日だ。という訳ではなく、私の場合、いつものことなんだが、この日も早朝5時には目が覚めていた。まずはカーテンを開けて、太陽の状態を確認する。快晴ではないが、何とか見えるんじゃないのかという予感がヒシヒシと伝わってくる。そして、前日、金環日食見るから7時に起こせとM美が言ったのが思い出される。それにしても、この盛り上がりは異常というしかない。皆既日食だったら真昼でも真っ暗になって、気温も下がって異常感極まらないのだが、金環といっても肉眼で見える訳ないし、金環日食と聞かなかったら、いつもの日常と何にも変わりがないのだが。それにしても、日本人というのは変な人種だな。■古屋市北区上飯田、金環日食の朝はこんな感じで始まった。■時間が経つにつれ、上がってくる太陽。しかし、雲にすっぽり‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:39 | Trackback | Comments(0)

東海道五十三次/2

携帯電話のソフト「東海道五十三次」は言うなれば、万歩計の代わりなんだな。去年の4月頃に始めて、ようやく終着の「京都」が目前となった時、京都に着いたら終わっちゃうのか、どうなのか、判らないことだった。と思いつつ、日常の忙しさにかまけて、2~3日データを見なかったら、どうしてどうして、ちゃっかり東京即ち、江戸に向け旅立っていた。いわゆるこの旅、死ぬまで続くエンドレスなんだな。■なんだかんだと歩き続けていよいよゴールである京都が近づいてきた。■この写真を見れば、答えは一目瞭然。東京即ち、江戸に向かっているのだ。■累積キロ数も当然増えていっている。■ちなみに5月23日現在、坂下を出て関宿の手前、571kmになっている‥‥ 続きを読む♂
# by tomhana0901 | 2012-05-25 05:38 | Trackback | Comments(0)
< 前のページ 次のページ >